流通していた(正式には、なんと昭和28年まで流通!)日本を代表する「庶民の貨幣」です。 通常は銅で鋳造されましたが何と鉄製の物まで存在します。「鉄を扱う庶民」の私は鉄製の 寛永銭もコレクションしています。 直径は約24oあります。プロレスリング界の重鎮である故ジャイアント馬場さんの必殺技「16 文キック」の「文」とは寸法を表す単位で「1文」は約24oとなります。しかし実際には馬場さん の足のサイズは38.4cmもなく32cm程度だったそうです。したがって「13.3文キック」となります。 脱線したので話を元に戻します。寛永銭の表面は種類により微妙に書体が違い、さらに裏面 は無地の他、佐、仙、足・・・等、数百種類も存在します。 人気時代劇の主人公、銭形平次が投げるのは寛永通宝四文銭です。一文銭より一回り大き く背面に波型がある物が四文銭として流通していました。銭形親分が四文銭を使用する理由 については、一文銭より大きく威力を発揮するからなのでしょうか?それとも八五郎に対し見 栄を張っているのでしょうか・・・・・・・・?? また脱線しました・・。話を元に戻します。四文銭にも文字入りの物がありますが大きく分けて 11波と21波が存在します。 現行貨幣と違い四角い孔が開いているのは理由があります。当時の貨幣は鋳造(溶かした 金属を型に流し込む)していた為、湯道(溶融金属を流す道)というバリみたいなものがあった のです。(解りやすく例えるとプラモデルの製作開始の状態だと思って下さい。ニッパーで切断 してからやすり等を使って丁寧に仕上げるのと同じです。)その一時加工品を芯棒に通して回 転させることで周囲を研磨仕上げしていたからです。「丸い孔に丸い棒」より「四角い孔に四角 い棒」の方が加工に適しているのが解ると思います。さらに当時は孔に紐を通して保存をして いたので一石二鳥です。現行貨幣ではポンチングやプレスの機械を使用する為に孔を開ける 目的が変化しております。(アタック2参照) 江戸時代、現代に例えると造幣局の役目を果たしたのが金座(小判等、金貨幣の鋳造)、銀 座(丁銀等、銀貨幣の製造)、銭座(寛永銭等、銅銭の製造)です。東京都に現在も残る「銀 座」はこのような由来から根付いた地名です。
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